1度死んだ話

 

俺は死んだ。と思った。

しらすだ。

 


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(サムネ用)

 

今日も今日とて人生を

 

ブロンとメジコンでゴリ押していくぞ!!!

 

このメジコンとブロンという薬を飲むと、セロトニンが多く出て行動が活発的になる。

 

メジコンが、市販薬で言う幻覚剤

DXM(デキストロメトルファン)

精神的な依存が作用する。

正直こんなもの市販で売ってはならない。

基本的には、体重と計算してどれほど効き目があるかわかる。

致死量が存在する。デッドゾーンは1500mg

24時間血中に溜まるため連日のODは注意

街中で倒れ救急搬送されます。

接種前の食事はNG

人によっては強い吐き気を催す為、致死量行ってなくても最悪寝ゲロで死ぬ

 

ブロン

ODすると多幸感を与える。排尿困難になる。

モルヒネの1/10程の効果があり

人生をゴリ押す生きにくい精神疾患持ちの患者やメンヘラ達のお供

 

グレープフルーツジュース

薬の効き目を引き伸ばしブーストさせる。

ダメ、絶対

 

アルコール

これもブーストさせる元

ダメ、絶対

 

全てを摂取すると凄いことになる。

オススメはしない。慣れてないとまともに歩くことは不可

メジコンとブロンはお互いの効果を高め合う。

セロトニン症候群になる可能性が上がり生命の危機を伴う。

心臓に圧力が強くかかり苦しい思いをします。

 

Q.なぜしてしまうのか

 

A.幸福感を求めていたのと、希死念慮を抑える為。

ワンチャン、意識が朦朧としている間に車に轢かれるか、壊れて死ねると思っていた。

キメている間は何がなにやら分からない状態で多幸感がある。正常な判断は不可

コンビニで陳列してるオッサンを認知していたのにも関わらず、そのままぶつかりに行くほど

全く何も分からなくなります。危険⚠️

 

 

 

摂取量

4/29 午前9:00

ブロン25tメジコン30t(450mg)

グレープフルーツジュースストロングゼロで飲み、実家に帰る

 

同日、午後13:39

メジコン 10追い炊き

とメモに記入しているが実際は20

メジコンの追い炊きは禁忌

確実にぶっ飛ぶかセロトニン症候群で苦しむ。

 

名古屋駅ユニクロトイレ個室に籠り、2回に分けて摂取したのを覚えている。

名古屋駅では階段があり、途中でうずくまる。

手すりを求めてフラフラしながら手すりに縋り階段を下る。

 

この時点で意識朦朧

目の前がかすみ、音は雑音のように聞こえる。

人の声が距離感が全く分からずに、全て同じ大きさでうるさいノイズを浴びている感覚

景色は全く変わらず同じ風景が繰り返されるなど、意識外に放り出されそうになるが、自我を保ち平衡感覚がないながらも前に歩を進める。

恐らくここで世界に飲み込まれると、呼吸ができなくなり平衡感覚も確実に失う。

 

事情が処理されてる感覚を認識する。

他に監視者がいるような。この世界は仮想現実なのかな?意識を保ち、帰りの電車をみつけ乗る。

この時犬の鼻先に僕の小さな存在があるのを知っていた。ホームで電車を待つ時、隣の老人に傘の先っぽで目を潰されないか不安になった。

帰って寝る

 

 

 

同日

夜22:00

急に父親と合わなければいけないと思う。

 

メジコン30t(450mg)ブロン20t

酒とグレフ

 

悩みがある時は薬飲んででも歩いて実家に帰る。

そこで亡くなった母に相談しに行くと生きる気力を貰える気がしていたから。

明るい友達が欲しいと思った。隣で笑ってくれる人

 

フラフラで実家に戻る

母に線香をあげた後、猫を眺めた。

この子は親からはぐれ猫だけど、やたらと人に懐く猫になった。そしてよく甘える。もう野良には返せないくらいに。

母の布団でうずくまっていると、猫がやってきてお腹の当たりをグリグリしてくる。

とても幸せ。

 

4/30 朝6:00

自宅までフラフラで歩いて帰る。

 

寝る

 

 

 

同日19:10

メジコン35t(475mg)ブロン25t

酒とグレフルで飲む

 

電車に乗り、栄まで行ってみる。

薬入れて夜景を見るといつもより綺麗に見えるから。

酒、金、男、性 様々な欲望が蠢く夜の街は刺激が強すぎたようだ。

下品な人達だと思った。

下品な奴らは決まってみんな同じ顔をしている。

人を食い物にしようとする顔、なにかを略奪しようとする顔だ。

 

途中で長い横断歩道にかかった。

中央あたりで点滅して走ろうとしたが、薬を入れてるため身体が言うことを聞かない。

足が前に進まず、心臓の鼓動は高まり苦しくなる。

中央で腰をかける。車に乗った人たちは俺を怪奇な目で見ている。年寄りの身体がついていかないを体験した。

 

薬に依存しているのがバカバカしくなって帰る。

生きていて恥ずかしい。

明日は母が亡くなってから49日、

時間厳守で、喪服やネクタイの準備を忘れずにしないために帰る。

その日は終電があったので、乗り込み帰る。

 

 

 

 

おそらく寝れずに迎えた

5/1午前6:30

メジコン20t(300mg)とブロン20tを飲む

連日ODで危険を感じていた。

 

正直ここまで荒れた事は無いが、以前救急搬送された1.5倍のペースで摂取している。3日もメジコンとブロンを飲めば危ないとわかっていた。

摂取量を抑えた。

 

 

自分の情緒に疲れた。散歩をしようと外へ出かける。

元々心臓が弱いのもあり、連日ODも重なり胸に圧力を感じる。張り裂けそう。

近くのローソンで好きなシュークリームを買う。

母とよく買っていたシュークリーム。

「たけはコレが好きだでな。食うか」

そんなことを言われた気がした。実際にはぼそぼそ独り言呟いてたと思う。やばい客かもしれない。

水も買う

お会計が遅い。気を保つ

倒れそうになるが、倒れないコツを知っている。

会計が来た。呂律は回らない。

商品を買って外へ出た。

 

行く方向は決まってない。

とりあえず道なりに歩を進める。

呼吸が浅い。セロトニン症候群に近いような感覚だが、痙攣がない。死に場所を探すように歩く。

フラフラで意識も朦朧としており、壁に手を当てて歩く。意識が薄れていることに気がつく。

水を飲む、買ったシュークリームを食べるが喉元を通らず開封状態でカバンに戻す。

 

 

意識がとだえる。

コンビニ(セブンイレブン)近くに俺はいた。

動ける気力も少なく、座るところを探す。

人目がつかない端っこにより体操座りをする。

うずくまり、意識が無くなる 起きるを繰り返す。

水を全て飲む。

 

少し回復したと思った➡立って近くのマンション前に腰をかける(全く記憶無し)

目が覚める。ここはどこか全く分からない。

何も思い出せない。身の周りの色々を思い出せないのだ。

下半身は動かない。呼吸もできない。

風も感じないし景色も写真のように張り付いて止まっているような。

音だけ聴こえる。誰かわからないが、色んな人達の声

 

喉元に潤いはなく、肉と肉が張り付いた感覚が襲う。

死んだのだと改めて認識をする。

 

頭を抱える。

理解をする。今日は母の49日のはずだが。

いや、しかしココは何処なのだ。

僕のことだ。

あぁ。ODして、車かなんか轢かれて死んだんだろうなあ。と思った。素直に認めていた。

頭を抱えた。後悔する時間がとにかくあった。

残された人の事、今日の49日

大切な人の事。俺の葬儀 仲良くしてくれた人たちのこと

もう1度、もう1度だけ戻れたら

とにかくそう思っていた。

 

理解すると視界がゆっくり暗くなり、勝手に目が閉じる。

日中なのに、光がない暗闇の世界

心音だけが聞こえる。

そして、心臓の音もゆっくりになり止まったのが分かる。

 

死んだ。と暗闇の中で思うと僕は浮かび上がり、白い球体になっていた。

ワープホールの様な筒状の空間を前方向に急速な速度で駆け抜ける。

途中で、白と赤色のトゲトゲな球体が見える。

近づく々に脳をひっくり返されたような、神経をむき出しにして沸騰したお湯につけた様な不快感を味わう。

痛いと言うより、不快感。麻痺に近い。

 

授かった生を自ら捨てる罰なのだと思った。

自殺するとろくが事がないと言われるそれだと。

この空間に来た時から、意識だけは残っていた。

そして、とても正常に考えられるのだ。

パニックにはならなかった。

 

そして、その白と赤の球体に包まれている時、何者かに笑われてる気かしたのだ。

 

そこから開放されると、青白い球体が横並びに沢山並んでいるのが見えた。

人生とはなにか、様々な巡り合わせがあって、生きているのだと。

いつも見る地球?の景色に戻り世界が前方向に急速に動く。自分の中で人生とはなにかを理解する。

 

これが何回も繰り返された。

目を開くと同じ場所景色は動いてる気しない。

起きる度やっぱり死んでるんだなと思った。

そして、今見てるのは走馬灯みたいな1種のそう言う類のものだと。

どこかのタイミングで、また呼吸ができなくなって視界も落ちて力無く横たわった。

アスファルトと横顔がぶつかったのを覚えている。 

目を開く。

今度こそ死んだのだなと理解はできていた。

目を覚ます。

なぜ傾いていたのか理解出来なかったが、自分が倒れているのだと理解する。

何も思い出せない。

一人称が私になる。親のことも、家族のことも

大切な人のことも今まで仲良くしてくれた人の事も思い出せなかった。

 

そこからどう復帰したのかは覚えていない。   

下半身は相変わらず動かないし、体の回復を待つ。

スマホを携帯しており、時が進んでいるということは生きているのだと確信できた。

記録したメモから2時間ほど経過していたようだ。

正直、今でも自分が生きている事に信じられない。

 

午前9時頃身体が回復しはじめた。

立てる。

近くのセブンで飲み物を買ってフラフラしながら帰る。

父と約束した待ち合わせ

時間の午前10時までに喪服に着替えないと母の49日を無事に送り出せないからな。

 

親父と母はよく喧嘩していた。

毎日見ていたから僕は絶対結婚しない。

相手を不幸にさせるからと思っていた。

 

この人達は互いに話合わなくて、関係が拗れた人達。

 

49日後、父と久しぶりに話した。

正直、母が死ぬまでまともに喋れる機会はなかった。

精神的におかしくなっており、父に息子としていい顔をすると不機嫌になるのを知っているから。

母は身体が不自由で専業主婦、父は物流会社に勤めている為何日も帰ってこない。

子供ながら母にいい顔をする選択肢を選んで生きてきたのだ。

しかし、僕は母の事がいまでも大好き

色々あったが恨んでもいない。愛情を持って育ててくれてありがとう。とさえ思っている。

 

母関係で産まれた借金や滞納話もした。

内容はどうであれ、返すものはちゃんと返す。

やるべき事はやらなきゃならぬと。

すぐに金なんて生まれるわけじゃないから、時間が解決するものだし。

考えずに一生懸命働いていけばいつかは完済できるから心配するなと父に背中を押された。

今回の件、

僕は1回死んだって言ったら信じるかと父に聞いた。

馬鹿なこと言うなと。

人間生きるも死ぬもどのみち迷惑かけるんだから、自ら死ぬなと言われたのも。

 

今まで母から聞いていた話だけを信じていた。

昔はろくでなしだったのは真実のようだ。

だが話してみると親父は芯の通った人間だった。

昔に比べ人格も穏やかになった。

僕は、少しだけ後悔した。

いい顔をせずにちゃんと向き合えばこうならなかったと。

母の49日を終える。

帰りに昼飯と夕飯を買うためにスーパーへ行く。

親父と俺が並んで買い物など何十年もしていない。

髪も白髪になり、老け込んだ父

身長も僕の方がもう上で。

オヤジをこんなにも隣でジッと見つめるのは初めてかもしれない。

久しぶりに会話。

ましてや、薬が抜けてない俺にも、なんか食うか。

夕飯何食うんだ?お前は。

と積極的に息子へ話しかけてくれてとても嬉しかった。

父から、そんな気を使ってもらった記憶はなかったから。

この関係に疑ってばかりだったが、やはり親子なんだなと。認識ができた

 

これからの俺は実家に帰ることを決意している。

お金ももう昔のように納める必要は無い。

自分の人生は他の人間に左右されず、自分で生きていく。

バカは1度死ななきゃ治らないと言葉がある。

貴重な体験ができた。

なにはともあれ、自殺はしないと思う。

 

https://twitter.com/NazologyInfo/status/1654048720282091520?t=KjP41efzQsxUsQiigr6z0w&s=19

 

知り合いから面白い記事を貰った。

即死しない限り、みんな体験することなのかもしれないですね。

 

↓後日会社へ出勤後に起こったこと

救急搬送あり。

その後点滴打ってもらい現在無事正常


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五感が過敏になった気がする。

あと、以前まで曇っていた頭が晴れやか

集中力が上がった。

何かにのめり込むことが出来る。

 

夢を見るようになった。

家族や親族の夢

夜に飛び上がり、汗まみれで起きる。

性欲が減退した。

オナニーやセックスそれらはまやかしだと気がつく。